大腸菌(だいちょうきん、学名: Escherichia coli)は、グラム陰性の桿菌で通性嫌気性菌に属し、環境中に存在するバクテリアの主要な種の一つである。この菌は腸内細菌でもあり、温血動物(鳥類、哺乳類)の消化管内、特にヒトなどの場合大腸に生息する。アルファベットで短縮表記でE. coliとすることがある(詳しくは#学名を参照のこと)。大きさは通常短軸0.4-0.7μm、長軸2.0-4.0μmだが、長軸が短くなり球形に近いものもいる[1]。
バクテリアの代表としてモデル生物の一つとなっており、各種の研究で材料とされるほか、遺伝子を組み込んで化学物質の生産にも利用される(下図)。
大腸菌のコロニー グラム染色像大腸菌はそれぞれの特徴によって「株」と呼ばれる群に分類することができる(動物でいう品種のような分類)。それぞれ異なる動物の腸内にはそれぞれの株の 大腸菌が生息していることから、環境水を汚染している糞便が人間から出たものか、鳥類から出たものかを判別することも可能である。大腸菌には非常に多数の株があり、その中には病原性を持つものも存在する。
大腸菌は、菌の表面にある抗原(O抗原とH抗原)に基づいて細かく分類されている[2]。O抗原は外膜のリポ多糖由来のもので、H抗原はべん毛由来のものである。O抗原は現在約180種類ほどに分類されている[2]。例えば「O157(オーいちごーなな)」という名称は、O抗原としては157番目に発見されたものを持つ菌ということを意味しており[2]、「O111(オーいちいちいち)」はO抗原としては111番目に発見されたものを持つ、ということを意味する。 H抗原は約70種類に分類されている。 なお、さらに細かく分けるとO抗原とH抗原の両方を考慮した分類になる。例えばO157でも、H抗原に関する違いでさらに細かく分類することができ、H7のものとH抗原を持たないものがあるので、「O157:H7」と「O157:H-」という2種類に分けることができる[2]。
ほとんどの 大腸菌は無害だが、いくつかの場合では疾患の原因となることがある。ヒトの場合、大腸内ではなく、血液中や尿路系に侵入した場合(異所感染した場合)に病原体となる。内毒素(リポ多糖)を産生するため、大腸菌による敗血症は重篤な内毒素ショック(エンドトキシンショック)を引き起こす。敗血症の原因(明らかになる場合)として最も多いのは尿路感染症であるが、大腸菌は尿路感染症の原因菌として最も多いものである。
大腸菌の株は多数報告されており、一部では動物に害となりうる性質を持つ株も存在する。大部分の健康な成人の持っている株では下痢を起こす程度で何の症状も示さないものがほとんどであるが、幼児や病気などによって衰弱している者、あるいはある種の薬物を服用している者などでは、特殊な株が病気を引き起こすことがあり、時として死亡に至ることもある。
大腸菌の株の中でも特に強い病原性を示すものは病原性大腸菌とよばれる。食品衛生学分野では病原大腸菌ともよぶ。ただし、病原性大腸菌の中でも赤痢を起こす株については特に赤痢菌とよび、衛生管理上の問題から別種扱いされる。
O111やO157などの腸管出血性大腸菌は牛の腸内に生息しているとされ、保健所は「内臓と他部位の肉は調理器具を使い分けるのが好ましい」としている。
学名(ラテン語名)は Escherichia coli で、属名は発見者のオーストリア人医学者テオドール・エシェリヒ Theodor Escherich にちなみ、これに屈折語尾を加えてラテン語化したもの。種形容語はラテン語で大腸を意味する「colon」の属格「coli」である。学名の正式な読みというものは存在しないが、語源を重視するとエシェリヒア・コリー、語源を無視して属名もラテン語読みするとエスケリキア・コリーとなる。英語ではエシェリキア・コーライと読む。全体として「大腸のエシェリヒ菌」の意を表す。
属名を省略してE. coli(イー・コライ、イー・コリー)と略す表記もある。ただし正式には、これは Escherichia 属が既出の場合に認められる略記である。最初からE. coli と略すのは、文脈から Escherichia 属のことを言っているのが明らかでも、不適切である。
大腸菌属は腸内細菌科のタイプ属として指定されているが、腸内細菌科の学名はEscherichiaceaeではなく、Enterobacteriaceaeとなっている。
ヒトに対して、大腸菌の死骸を含んだ液体(大腸菌死菌浮遊液)が、直腸部に塗布されると、白血球が呼び寄せられるため、感染防御の役に立つことが知られており、これを利用した薬剤が実用化されている[3]。また、遺伝子組み換え技術を用いて、大腸菌にヒト型インスリンを作らせる遺伝子を導入して、インスリンを生産することに利用されている。他にも、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)や組織プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)などの生産も、同様の方法で行われている。大腸菌に感光性を与えて撮像素子として利用できる研究も実施される。[4]
腸内に生息する菌であることから、この菌の存在は糞便による水の汚染を示唆し、河川、湖、海水浴場などの環境水の汚れの程度の指標として用いられる。
ヒト成人が一日に排泄する糞便中に含まれる菌体数は、平均で1011から1013個である。ただしヒトの消化管において、大腸菌が全体の微生物に占める割合は極めて少なく、ヒト腸内常在細菌の0.01%以下にすぎない(残りの大部分は、バクテロイデス Bacteroides 属やユーバクテリウム Eubacterium 属などの偏性嫌気性菌である)
水の浄化や汚水処理技術の分野では、培養可能な E. coli の量は人間の糞便の混入の程度を示唆するものとして、水の汚染レベルの指標としてかなり早い時期から用いられてきた。研究に使われている E. coli それ自体は無害であり、E. coli がこれらの指標に用いられるのは、他の病原性のある菌(サルモネラなど)よりもこれらの糞便由来の大腸菌の方が遥かに多く含まれるとされるためである。また、日本の水道法により上水道の浄水からは「検出されてはならない」とされている。
大腸菌群とは細菌学用語ではなく衛生上の用語である。ラクトース発酵(乳糖分解し、酸とガスを発生)するグラム陰性、好気性・通性嫌気性で芽胞を形成しない桿菌の全てである。E. coliであってもこれに該当しないものが多く存在する。
その多くは汚水菌(クレブジエラ属菌、サイトロバクター属菌、エンテロバクター属菌)や土壌中の非常によく似た性質のバクテリア(よく知られたものとしてはAerobacter aerogenes)が大腸菌群として分類される。なお、病原性大腸菌はこの検査法での検出は非常に困難である。また、水中に含まれる大腸菌群を数値化したものを大腸菌群数といい、水質汚濁の指標に用いられる。
食品衛生法では大腸菌群陰性とは加熱済み食品の加熱ができているか、加熱後の二次汚染がないかを確認するために食品の規格に規定されている。また、食品衛生法の規格基準にある検査法(EC培地において44.5℃で増殖し、乳糖を分解してガスを産生するグラム染色陰性、無芽胞の桿菌)で検出する菌を E. coli と記述しているが E. coli であってもこれにあてはまらない菌も多く食品衛生上の行政用語である。これは検査法では大腸菌群の培養温度が異なるだけの糞便性大腸菌群とほぼ同一の内容である。
大腸菌及び大腸菌群の検査には用途に応じて多くの培地が使用される。以下に主な物を列挙する。
大腸菌はそれぞれの特徴によって「株」と呼ばれる群に分類することができる(動物でいう品種のような分類)。それぞれ異なる動物の腸内にはそれぞれの株の 大腸菌が生息していることから、環境水を汚染している糞便が人間から出たものか、鳥類から出たものかを判別することも可能である。大腸菌には非常に多数の株があり、その中には病原性を持つものも存在する。