アカボウクジラ(赤坊鯨、Ziphius cavirostris)はハクジラ亜目アカボウクジラ科アカボウクジラ属に属する中型のクジラである。
アカボウクジラ属 (Ziphius) はアカボウクジラ科に属する属の一つで、アカボウクジラただ1種のみが属する。
アカボウクジラ科の中では最も広範囲な海域に棲息する。
1804年にフランスで発見された頭蓋骨の一部に基づき、1823年、フランスの動物学者キュヴィエによって新種として報告された。学名はギリシア語の ziphos(ξίφος:剣の意)で、アカボウクジラの雄がもつ円錐形の歯の形に因む。種小名のcavirostrisはラテン語の cavi(穴・くぼみ)+ rostris(嘴・吻)に由来する。
英名のCuvier's Beaked Whale(キュヴィエのアカボウクジラ)はキュヴィエの名前に由来する。別の英名としてGoose-beaked Whale(ガチョウのようなくちばしのクジラ)があるが、これはアカボウクジラの口吻の形状がガチョウのくちばしに似ていることに由来する。事実、中世におけるアカボウクジラの目撃例は、魚のような胴にフクロウのような頭を持つ怪物として伝えられている。
和名のアカボウ(赤坊)はアカボウクジラの顔が「赤ん坊」(ヒトの個体であって、誕生から十分な時間が経過していないものの通称)に似ているからであるとされる。 別の和名としてカジッポという呼び名もある。
成体の体長はオスが約6.6mでメスが約6.9m。体重は2tから3tである。アカボウクジラの口吻はアカボウクジラ科の他の種に比べると短く、ガチョウの嘴を思わせる形状である。また、下顎の下に深い皺が二本ある。雄は下顎の先端に円錐状の歯を1対のみもち、雌は歯をもたない。メロンのある前頭部は若干膨らんでおり緩やかに前方へと傾斜している。色は白あるいはクリーム色であり、顎から鼻先、背びれに向かって2/3程度の位置まで白い線状の模様がある。その他の部分の体色は個体による違いが大きいが、大雑把には濃い灰青色あるいは赤褐色である。また多くの個体はダルマザメ (Cookiecutter shark) や他のアカボウクジラに咬まれた跡である白い傷跡や斑点を有する。胸びれは小さく、脇腹にはこれを収める窪みが存在する。ここに鰭を収め、高速遊泳や潜水を行うと推定される。[1]背びれの形状は三角形あるいは鎌状。尾ひれは幅広く、尾の部分の長さは体長のほぼ1/4である。
海上において、オウギハクジラ属のクジラとの識別を行うことは困難である。
寿命は約40年である。
クジラの中でも最も深く潜水する種類の一つである。2014年の科学誌プロスワンで公表された研究結果[要文献特定詳細情報]によると、アカボウクジラは137.5分間にわたり潜水したり、2,992メートルの深さまで潜ったりしたと測定された。哺乳類の潜水記録とされる[2]。
アカボウクジラの分布は主に座礁(ストランディング)の記録に基づいて理解されており、大西洋、太平洋、インド洋に広く棲息している。 個体が観察された北限はシェトランド諸島、南限はフエゴ島である。 水深の深い遠洋を好み、冷たい海域でも、温暖な海域でもどちらでも良い。 深所に生息する魚類や頭足類などを食べ、時に甲殻類も餌にするとされる。 頻繁に見られる場所というわけではないが、スペインとフランスにまたがるビスケー湾における研究が有名であり、日本国内においては例えば駿河湾に良好な生息地があることが判明している[3]。海上における識別が困難であるため、全生息数は不明である。
日本においては、かつてはアカボウクジラは捕鯨の対象であった。 他のクジラ目のクジラやイルカと同じく刺し網などによる混獲の被害に遭う個体が多数いるものと考えられている。 また、アカボウクジラは雑音に対して敏感であると考えられている。地中海のような騒々しい海域において、座礁(ストランディング)が多数記録されている。