サカマキガイ(逆巻貝)、学名 Physa acuta は、有肺目サカマキガイ科に分類される淡水産の巻貝の一種。和名は、殻が多くの巻貝類とは逆の左巻きであることに由来する。外見や生息環境はモノアラガイ類にやや似ているが、殻の巻く方向が逆であることや、触角が細長い鞭状であることなどから区別できる。最初に記載されたのがフランスのガロンヌ川であったため、従来「ヨーロッパ原産」と言われていたが、実際には北米原産とされる。汚染や環境の変化に強く、水草などに付いて世界各地に移入・帰化している。日本でも全国に分布するが、特に富栄養化の進んだ用水路などの止水域、半止水域に多産することが多い。属名の Physa は泡のこと、種小名の acuta =「尖っている」は、Physa 属のタイプ種であるヒダリマキガイ Physa fontinalis に比べ殻頂が尖っていることによる。
殻は殻高10mm前後、殻径5mm前後の紡錘形で、左巻き。体層は殻高の2/3~4/5を占め、殻は薄いが表面は滑らかで光沢がある。また殻頂付近が浸食され欠けていることもある。殻そのものは薄茶色、黄褐色などであるが、生時は泥などの付着や軟体部が透けて見える事により黒っぽい。殻の形態は環境によっても変化する。
軟体は墨色に近い暗色であるが、時に淡色の個体が現れることもある。頭部にある1対の触角は細長い鞭状で、平たい三角形をしたモノアラガイ科の触角とは似ておらず、ヒラマキガイなどのそれに近い形である。他の基眼亜目の貝類と同様に、触角の基部内側に目がある。足の後端は尖る。外套膜の左右の縁部には指状の突起が何本かあり、生きている時には殻口の内縁と外縁から多少殻を覆うように伸びているのが観察される。これは偽鰓(ぎさい)とも呼ばれ、有肺類であるサカマキガイが二次的に発達させた鰓器官であると考えられている。偽鰓はヒラマキガイ科の一部など、他の淡水有肺類にも様々な形のものが見られ、水中での呼吸に役立っている。しかしよく発達した肺ももっており、背中付近の外套腔の入り口付近に弁で開閉する呼吸口があり、空気呼吸もする。このため溶存酸素の少ない水域でも水面に呼吸口を開いて呼吸することで生活ができる。
分類に重要な生殖器では、陰茎鞘は筋肉質で一連の部分からなっており特に分化は見られない。陰茎鞘よりずっと太い包皮には、その外側にやや歪んだドーム状の包皮腺が付属している。
雌雄同体で他個体との交尾もするが、しばしば自家受精もする。卵生で、透明なゼラチン質の卵嚢(あるいは卵嚢塊)を水中の物体に付着させる。水温が一定以上であればほぼ1年を通して繁殖し、水槽内などでは瞬く間に増えることもある。水面に逆さにぶら下がって移動する生態も有名であるが、サカマキガイも含め、淡水生の有肺類は蹠面(せきめん:足の裏面)の繊毛運動で移動するため、足の裏を観察してもカタツムリなどのように筋肉運動が帯状に見えることはない。
有肺類でありながら、水を満たして密封した容器内で何日も平気で活動できることも知られている[1]。これは先述の偽鰓や皮膚呼吸などで酸素を取り入れているからだと考えられる。主に付着藻類などを歯舌で擦り取って食べるが、食性は幅広く、植物遺骸や動物の死体、デトリタス、浄化槽内の微生物層などもよく食べるため、一見餌が無さそうな所でも生息していることがある。他の個体が死ぬとすぐにその肉を他の個体が食べることもよくあるが、これは同じような環境で見られるヒメモノアラガイでも観察される。このような呼吸法や食性の幅の広さ、自家受精による産卵などによって、劣悪な環境や不安定な水域での繁殖も可能となり、世界各地に分布を拡大した。日本のものも1935年~1940年頃、水草などと共に持ち込まれたとされる外来個体群である。
動物の死体の他、その個体が弱っている場合においても、これを食べることが観察される。
汚い水質の指標種となっているほか、ヘイケボタルの幼虫の餌とすることができる。また、飼育も容易なことから理科教育にも利用可能であるが、それ以外の利用法はほとんどない。モノアラガイ類と同様に肝蛭など吸虫類の中間宿主となることが知られるほか、浄化槽内に繁殖すると生物膜(バクテリア層)を食べてしまうなど、むしろ有害種とみなされることが多い。このため、アクアリウムファン向けに捕獲器などがペットショップで売られているほか、プレコやオトシンクルスなどの小型魚がサカマキガイの卵の「掃除役」として導入されることも多く、また熱帯魚店でもそのように薦めて売られている。
サカマキガイ科は大きく Aplexinae と Physinae の2亜科に分けるのが一般的で、サカマキガイは後者の Physinae 亜科に分類される。この亜科は北米が分布と種分化の中心地で、アメリカ国内からはこれまで何十種も記載されている。しかし、モノアラガイ科やヒラマキガイ科といった他の淡水性の基眼亜目の貝類と同様に、サカマキガイ科の分類も研究者によって考え方が様々で、過去にもその分類に関して多くの議論がなされてきたが未だに多くの課題が残されている。2000年以降でも Taylor (2003)のようにサカマキガイ科を多くの新属を含む23属80種ほどに細分する研究者がいる一方で、 Dillon 他(2002)などのように、交配実験の結果や分子情報から見て、多くの「種」や「亜種」は単なる変異型に過ぎず、数十種もあるとされる北米のサカマキガイ類もせいぜい10種程度に収まるのではないか、と推定する研究者もある。
このような混乱の中で、サカマキガイ acuta をどの属に分類するかについても研究者によって異なる。例えば、Physa 属はヨーロッパから記載された fontinalis をタイプ種とするが、この種では陰茎鞘の外側全体が腺質であるのに対し、サカマキガイの陰茎鞘は通常の筋肉質であることから Physella 属(または亜属)として区別したり、さらには陰茎鞘が部分的にも腺状にならず、二つの部分に分かれないことから Costatella 亜属として分ける考えなどがある。その他にも命名史上の解釈の違いなどもあって、Physa acuta 、 Physa (Physella) acuta 、Physella acuta 、Physa (Costatella) acuta 、Haitia acuta 等々の組み合わせで扱われる。日本では Physa acuta として扱われることが多いが、上記の生殖器の形態から Physella 属とすべきだとの意見もあり、十分な研究結果が出るまではどのような属に分類するかは「好みの問題」のと言えるような状況である。分子情報からは Costatella と Physella はあまり違わないが、Physa と Physella はやや離れているとの考察がある。
冒頭にも記したように、サカマキガイはフランスガロンヌ川とその支線をタイプ産地として記載されたためヨーロッパ原産とされながらも、実際には北米原産かも知れないとも言われてきた。それは、現在では欧州に広く見られるのにも関わらず化石が出ないことや、サカマキガイ類の大部分が北米に生息しており、本種1種だけが世界中に広がっていることなどからの推定であった。Dillon 他 (2002)は交配実験なども行い、ヨーロッパのサカマキガイは北米に広く分布する Physella heterostropha (Say, 1817) や Physa integra (Haldeman, 1841) と同種であると結論し、サカマキガイは北米原産ではあるが、学名は最も古い acuta Draparnaud, 1805が引き続き使用されて、北米の2種はシノニムとなるとした。一方、日本産のサカマキガイでは、生殖器の違いなどから複数種が含まれているのではないかとの意見も出されている[2]。
サカマキガイ科のうち、日本で一般的に広く知られているのはサカマキガイのみだが、分布の中心地である北米にはよく似た多数の種や亜種があり、現在も十分には整理されていないのは前述のとおりである。その他にも世界中には近似種が多く、別科であるヒラマキガイ科の Bulinus 属などにも大変よく似た種が多数ある。これらの中のいくつかが水草の移動などに伴って日本に移入している可能性もあるが、それら類似種は解剖をしないと正確な同定が困難である上、種内変異や移入個体群同士での交雑等により、正確な種の特定が困難なケースも生じる可能性がある。 以下は、これまでに日本から記録があった種類である。
サカマキガイ(逆巻貝)、学名 Physa acuta は、有肺目サカマキガイ科に分類される淡水産の巻貝の一種。和名は、殻が多くの巻貝類とは逆の左巻きであることに由来する。外見や生息環境はモノアラガイ類にやや似ているが、殻の巻く方向が逆であることや、触角が細長い鞭状であることなどから区別できる。最初に記載されたのがフランスのガロンヌ川であったため、従来「ヨーロッパ原産」と言われていたが、実際には北米原産とされる。汚染や環境の変化に強く、水草などに付いて世界各地に移入・帰化している。日本でも全国に分布するが、特に富栄養化の進んだ用水路などの止水域、半止水域に多産することが多い。属名の Physa は泡のこと、種小名の acuta =「尖っている」は、Physa 属のタイプ種であるヒダリマキガイ Physa fontinalis に比べ殻頂が尖っていることによる。