ホタルイカ(螢烏賊/蛍烏賊、学名Watasenia scintillans (Berry, 1911)[1])は、ツツイカ目 ホタルイカモドキ科に属するイカの一種である。後述のように食用とされる。
ホタルイカの属名Watasenia は1905年に和名を「ホタルイカ」と命名した明治期の生物学者渡瀬庄三郎にちなんで1913年に石川千代松によりつけられている[2]。富山の方言では「マツイカ」と呼ばれることが多かった。これはホタルイカが松の肥料として利用されることが多かったからとされる。
英名の一つであるfirefly squidは和名と同じく「ホタルのようなイカ」の意味で、toyama squidは日本の代表的な産地である富山湾に因む。米『ウェブスター辞典』のfirefly squidの項目には"a brilliantly luminescent squid (Watseonia scintillans) caught in great quantities off the western coast of Japan where it is used for fertilizer"と記載されている。冷蔵・運送が近代化される前は、地元での食用以外は、流通前に肥料として多く利用されたためである。
世界にはホタルイカの仲間が40種類ほど生息している。
日本近海では日本海全域と太平洋側の一部に分布しており、特に富山湾に面する滑川市を中心とする富山県と、兵庫県の日本海側で多く水揚げされている。ホタルイカというと富山湾をイメージする人は多いが、漁獲量は兵庫県の浜坂漁港が日本一(2017年で2734トン)で、富山県全体(同1299トン)を上回る[4]。普段は水深200m - 700mの深海に生息している。晩春から初夏までが産卵期で、1回当たり数千個から1万個の卵を産む。交尾と産卵は同時ではない。
触手の先には、それぞれ3個の発光器が付いている。何かに触れると発光するため、敵を脅すものではないかと考えられているが、光によって敵を誘導し、ただちに消灯してその場から逃げるという、いわばデコイとしての機能があるともされている[5]。体表の海底側(腹側)には細かい発光器があり、これは海底側にいる敵が海面側にいるホタルイカを見ると、海面からの光に溶け込み姿が見えなくなるカウンターシェイディング効果の役割を果たしている。海面側から海底に向かって見た場合はこの効果が働かないため、体表の海面側(背中側)には発光器はほとんど存在しない。
発光反応の全容は未解明である。しかし、「セレンテラジンジサルファイト化合物(coelenterazine disulfate、二硫化セレンテラジン化合物、ルシフェリンの一種)によると考えられており、アデノシン三リン酸(ATP)とマグネシウム(Mg)が大きく関与している」。また、「発光反応の最適温度は、5℃でホタルイカの生息適温と対応している」などが判明している[6]。
主に食用となるほか、養殖マグロの飼料用途への研究がされている[7]。
漁期は2月から5月頃、主な産地は日本海側の兵庫県、富山県、鳥取県、福井県などである。
富山県では古くから食用とされ、炒め物、佃煮を含む煮物、酢味噌和え、沖漬け、素干し、天ぷら、唐揚げ、足だけを刺身にした竜宮そうめんなどがある[12]。腐敗が早いため冷凍・冷蔵での高速輸送手段が発達するまで、産地以外での食用は困難だった。現代では、首都圏など水揚げ漁港から遠い地域の食品スーパーマーケットや鮮魚店で販売されるほか、居酒屋や回転寿司店[13]などで提供される。
傷みやすいことによる食中毒や、後述するような寄生虫の虞があるため、古くより食してきた地元でも生では食べなかった。平成になってから、冷凍などの処理をしたものが生食用として春先の店頭に並ぶことが多くなっている(生食の注意点については後述)。
食味や旬の漁獲高が多いことだけでなく、近年は栄養面でも評価されている。富山短期大学教授の竹内弘幸(食品機能学)の分析によると、ビタミンAやビタミンB12、タウリンを多く含む[14]。
刺身と竜宮そうめん(ほたるいかミュージアムにて)
漫画『美味しんぼ』第37巻収録の「生きた宝石」[15]で、ホタルイカについて生きたまま食べる描写(ホタルイカの踊り食い)がなされている[16][17]。作中では肝のおいしさが絶賛されているが、ホタルイカには旋尾線虫亜目に属する旋尾線虫( Crassicauda giliakiana )[18][19]が寄生しているため、生食の際は厚生労働省が指定した方法で処理を行う必要がある。未処理品の「踊り食い」や処理が不完全な物を食用とした場合、後述の寄生虫症を発症することがある[20]。
生食により寄生虫症を発症し、急性腹症として腸閉塞、皮膚爬行症、眼球移行症などを起こすことがある[21]。国立感染症研究所によれば、最初の症例報告は1974年の秋田県での腸閉塞の疑い例とされている。その後、報告は1987年まで途絶えるが以降1994年までに約50例が報告され注目された。診断は摘出虫体の病理組織学的同定(とり出して調べる)。治療法は今のところ外科的摘出(広い目にメスを入れて引っ張りだす)のみ。
ホタルイカが水揚げされる富山県の富山市から魚津市にかけての富山湾沿岸は、ホタルイカの群遊海面として有名であり、ホタルイカは春の風物詩として知られている。富山湾に流入する常願寺川の河口左岸から魚津港までの約15km、満潮時の沖合1,260mまでの海域は1922年(大正11年)に国の天然記念物に指定され、1952年(昭和27年)3月29日には「ホタルイカ群遊海面」の名称で特別天然記念物に格上げされている[25]。天然記念物指定を「ホタルイカ」とすると食用にはできないために、「群遊海面」としたのである。
前述のように、富山湾でのホタルイカ定置網漁の様子は観光船から見学できる。
4-5月の富山湾沿岸では、「ホタルイカの身投げ」と呼ばれる、大量のホタルイカが波によって浜に打ち寄せられる現象が、夜中から夜明け前の暗がりの中で幻想的に見られることがあり[26]、県民が波打ち際や堤防などから網ですくい持ち帰る様子が見られる。
富山県滑川市には、ホタルイカの様子を観察できる「ほたるいかミュージアム」がある。
富山湾を上回る漁獲量がある浜坂でも毎春「浜坂みなとほたるいか祭り」を開いている[27]。
ホタルイカは1966年(昭和41年)7月1日発売の35円普通切手の意匠になった。