アブラゼミ(油蟬、鳴蜩、学名 Graptopsaltria nigrofuscata)は、カメムシ目(半翅目)・ヨコバイ亜目(同翅亜目)・セミ科に分類されるセミの一種。褐色の不透明な翅をもつ大型のセミである。
『アブラゼミ』という名前の由来は、翅が油紙を連想させるため名付けられたという説や、鳴き声が油を熱したときに撥ねる音に似ているため、『油蝉(アブラゼミ)』と名付けられた説などがある。
体長は 56-60mm で、クマゼミより少し小さくミンミンゼミと同程度である。頭部は胸部より幅が狭く、上から見ると頭部は丸っこい。体は黒褐色-紺色をしていて、前胸の背中には大きな褐色の斑点が2つ並ぶ。セミの多くは透明の翅をもつが、アブラゼミの翅は前後とも不透明の褐色をしていて、世界でも珍しい翅全体が不透明のセミである。なお、この翅は羽化の際は不透明の白色をしている。
抜け殻はクマゼミと似ているが、ひとまわりほど小さく、全身につやがあり色がやや濃い。また、抜け殻に泥がつかないのも特徴である。
日本(北海道から九州、屋久島)、朝鮮半島、中国北部に分布する。 人里から山地まで幅広く生息し、都市部や果樹園でも多く見ることができる。
南西諸島にはアブラゼミと近縁なリュウキュウアブラゼミが生息する。このセミは成虫・幼虫ともに湿度の高い環境を好むため、森林部には多いが市街地にはほとんど生息しない。
アブラゼミは北海道・本州・四国・九州の広い範囲に生息しており、かつては都心部でも最も多いセミであった。しかし、環境の変化やヒートアイランド現象の進行等を背景に、関東以西の都市(太平洋側)や北日本の一部都市では生息数が減少している。
一方、本州日本海側や九州の多くの地域ではアブラゼミが減少しておらず、むしろ優勢な地域が多い。特に北陸地方では、ほとんどの地域で近年アブラゼミの勢力が著しく強くなっており、ミンミンゼミの生息場所は低山帯に押しやられている。また後述のように、東京都内でも全体的には現在でもアブラゼミが最も多い。このようなセミ類の増減動向は、主にその土地ごとの気候条件によって左右される。
札幌では、昭和30年代頃までは中心部(大通公園・北大植物園など)でもたくさんの鳴き声が聞かれたが、都市化等を背景に数が激減し、現在はほとんど全く聞かれなくなっている(ただし2010年以降、市内の円山公園・中島公園等の都市公園ではやや復活傾向にあるという報告もある)。
また、函館市や青森市、八戸市でも近年はアブラゼミが非常に少なくなり、市街地で鳴き声が聞かれることはまずなくなっている(札幌市のような復活傾向もない)。盛岡市・仙台市などでも、かなり少なくなっている。
アブラゼミは現在に至るまで郊外・山地では全国的に普通に見られる(北海道・南西諸島を除く)種類のセミであり、かつては都心部の市街地でも最も多いセミであったが、近年、夏の暑さが厳しくない北日本太平洋側の都市では市街地を中心に軒並み数を減らしている。
一方、同じ北日本でも、日本海側の秋田市や山形県庄内地方では夏の暑さが比較的厳しいためか、アブラゼミはさほど減少していない。ただ、山形市は夏の暑さが厳しいものの、アブラゼミの競争相手であるミンミンゼミが市街地で近年急増しているという事情があり、競争に負けたアブラゼミが激減している(なお秋田市や山形県庄内地方ではミンミンゼミが生息しておらずアブラゼミの独占状態となっている)。このように北日本では地域によってアブラゼミの生息状況に大きな偏りがある。
なお、札幌や青森では、昔から市街地ではアブラゼミしか生息していなかった(エゾゼミやコエゾゼミは森林性なので森や山の中に限って生息)ので、平成以降は夏になっても街中ではセミの声が全くといってよいほど聞こえなくなっている。ところで、仙台や長野は気候的にミンミンゼミの生息条件に合っている(夏が比較的涼しい・冬の湿度があまり高くないなど)ため、市街地ではアブラゼミを凌駕する勢いで増加しており、競争に敗れたアブラゼミが大きく数を減らしている。
アブラゼミは幼虫・成虫とも、クマゼミやミンミンゼミと比べると湿度のやや高い環境を好むという仮説がある。実際、都市化の進んだ地域ではヒートアイランド現象による乾燥化によってアブラゼミにとっては非常に生息しにくい環境となっており、乾燥に強い種類のセミが優勢となっている。つまり、東京都心部ではミンミンゼミに、大阪市など西日本太平洋側の大都市中心部ではクマゼミに置き換わっているという説もある。
しかしながら、この仮説に一見従わないように思われるデータも多数存在する。たとえば、比較的温暖(大阪市よりは寒冷)なはずの山口大学キャンパス内でクマゼミがほとんど発生せず、大多数がアブラゼミという報告がある。また、現在よりも寒冷であった100年ほど前の京都で、クマゼミの目撃証言がある。さらに、京都市中心部において土壌含水率とセミ種を調査したところ、全く相関がなく、樹種と相関があるという報告がなされている。(下記外部リンク「米蝉ナール」参照)
一方、大阪市立自然史博物館の調査によれば、大阪市内のクマゼミは主に乾いた土壌から発生し、アブラゼミはやや湿った土壌のみから発生するという、京都市の調査とは全く異なった結果が示された。これらの調査から、アブラゼミは都市によって異なった発生の仕方をしており、その原因は各都市の気候の違いに求められる、という仮説が導き出されたのである。
また、アブラゼミは気温のみならず湿度からも多大な影響を受ける。たとえば、年間にわたって湿度が比較的高い九州南部よりも、瀬戸内地方の都市部や静岡県の市街地のほうがアブラゼミの減少ペースが早い。特に静岡県では、冬の激しい乾燥が大きな原因となっているとみられる。この現状を考慮した場合、上述の仮説は正しいということになるが、それを明確に立証する研究結果はまだ出ていない。
なお、これらは一部の地域の話であり、都内23区や都市部の市街地でもアブラゼミが最も多く生息している場所が現在でも多い。特に、夏場の高温で知られる埼玉県内は全く減少しておらず、アブラゼミを見る機会が最も多い。東京都内でも全体的にはアブラゼミが最も多い。
本種が都市で減少した直接の要因として野鳥による捕食が重要であることがアメリカ昆虫学会誌に報告されている[1]。アブラゼミ成虫の天敵は主に野鳥であるが、都市での捕食圧は極めて高く、ほとんどのアブラゼミが捕食される。逆にクマゼミへの捕食圧は、都市では低くなる。この差は、それぞれのセミが天敵から逃げる方法(捕食回避戦略)による。天敵に気付いたアブラゼミは周辺の樹木に隠れるので、都市など樹木が粗な環境では隠れるのに手間取り捕食されやすくなるが、クマゼミは木に隠れず飛んで逃げるので周囲の空間が開けているほど効率がよくなるためである。
上述のように、都市部においては「湿った所にアブラゼミ、乾いたところにクマゼミがいる」との説が唱えられている。これに対し京都成安高等学校教諭・米沢信道と生物部の生徒は10年間の調査を行い「アブラゼミ、クマゼミはそれぞれ好む木、嫌いな木があり(樹種嗜好性)乾湿によってきまるものではない」と解明された。(下記外部リンク「米蝉ナール」参照)
ただし、この研究結果はあくまで京都市街地のみの研究結果にすぎず、大阪市内では上述のとおり異なった結果が出ていることに注意を要する。
成虫はサクラ、ナシ、リンゴなどバラ科樹木に多い。成虫も幼虫もこれらの木に口吻を差しこんで樹液を吸う。そのため、ナシやリンゴについては害虫として扱われることもある。
成虫は7月から9月上旬くらいまで多く発生するが、10月や11月でもたまに鳴き声が聞こえることがある。オスがよく鳴くのは午後の日が傾いてきた時間帯から日没後の薄明までの時間帯である[2]。
鳴き声は「ジー…」と鳴き始めたあと「ジジジジジ…」とも「ジリジリジリ…」とも聞こえる大声が15-20秒ほど続き「ジジジジジー…」と尻すぼみで鳴き終わる。単調で、抑揚のあるニイニイゼミと識別出来る。この鳴き声は昼下がりの暑さを増幅するような響きがあり「油で揚げるような」という形容を使われることが多い。「アブラゼミ」という和名もここに由来する。
このセミは「夜鳴き」をすることで有名である。もともとこのセミは薄暗く湿度の比較的高い時間帯を好むため、最も盛んに発声活動をするのが夕刻時である。深夜の発声活動はその延長であるが、生息密度がある程度高い時期にしか普通は鳴かない。また、クマゼミ・ミンミンゼミ・エゾゼミも、生息密度が高い時期は夜中に鳴いていることも多い。しかし、これらのセミと比較してもアブラゼミは特に夜鳴きをしやすいセミであるため、少しでも生息密度が高くなればすぐに夜鳴きをする傾向がある。