アッケシソウ(厚岸草、学名Salicornia europaea)はアカザ科に属する一年性草本で、世界的にはヨーロッパ、アジア、北アメリカなどの寒帯地域に広範囲に分布する。潮汐の干満に規定される、平均冠水位から満潮水位の間の海に接する陸地や内陸に発達する塩湿地に生育する塩生植物である。
アッケシソウの茎は濃緑色で高さ10-35cm、円柱形で節を形成し、節から枝が対生する。また、退化した燐片状の葉が節部に対生する。8-9月には、茎および枝の先端部が円柱状の穂状花序をなし、葉腋のくぼみに3個の花が対となり、1つの節に6個の花器を形成する。3個の花のうち、中央に位置するものを中央花、その両側に位置するものを両側花と呼ばれ、中央花からは大粒種子、両側花からは小粒種子と呼ばれる大小2種の種子を形成する。このことからアッケシソウは花器と種子に二形性が認められている。大粒種子は環境ストレスに強く、小粒種子は休眠期間が長いことから群落の維持に関与する事が推測される。この植物の花器の特徴として、花被が退化し、雌ずいや雄ずいを包み込むようにがく片が非常に発達している。
秋になるとアッケシソウの茎および枝の濃緑色は紅紫色へ変化する姿からサンゴソウとも呼ばれる。その色素は同じアカザ科に属するサトウダイコンの根で合成される色素と同種のベタシアニンである。
アッケシソウは塩生植物の中でも、塩に特に強い耐性を示し、塩の存在に依存的な植物である。生育過程が進むにつれて、塩を蓄積することにより耐塩性を獲得する強塩生植物である。この生理的耐塩性機構は、過剰な塩類の液胞内への蓄積と連動して、浸透圧を調整する細胞適合物質であるグリシンベタインを合成、蓄積することにより、細胞質の機能を保護、強化している。
日本では1891年に初めて椙山清利によって北海道東部の厚岸町厚岸湖のカキ島で発見され、その地名にちなみ北海道大学の宮部金吾によりアッケシソウ(厚岸草)と命名された。続いて1912年に牧野富太郎によって愛媛県でも発見され、日本第二の産地として発表された。その後、北海道では近隣の野付半島、温根沼および風蓮湖やオホーツク海沿岸のコムケ湖、サロマ湖、能取湖および涛沸湖などにも分布している事がわかっている。
瀬戸内海沿岸のアッケシソウのルーツとして、江戸時代に北前船で塩などの物資を北海道に運ぶ過程で、瀬戸内海に戻る際にバラストなどに付いた個体や種子が瀬戸内海沿岸に持ち込まれたとする「北前船説」が考えられていた。しかし、東京農業大学のグループが2003年に発表した論文では、RAPD法による分析を行い、北海道に自生するアッケシソウと岡山県に自生するアッケシソウの遺伝的な組成が異なることが示された[1]。その後、岡山理科大学らのグループが2010年に発表した論文では、北海道、岡山、愛媛、香川、韓国で採取したアッケシソウの葉緑体のDNAの一部を分析した[2]。その結果、北海道のアッケシソウと瀬戸内海沿岸のアッケシソウの分析した葉緑体DNAの塩基配列が異なっており、瀬戸内海沿岸のアッケシソウと韓国のアッケシソウの分析した葉緑体DNAの塩基配列が同じであった。これらのDNA分析の結果からは「北前船説」は支持されなかなかった
北海道以南では宮城県、愛媛県および香川県の塩田跡地で生育が確認されていたが、これら塩田跡地が開発によって住宅地や工業団地などに転用された事に伴い、アッケシソウ群落はほとんど絶滅に近いとされている。2003年末に、岡山県浅口市の寄島干拓地で自生していることが確認され、2004年に住民らが「守る会」を発足。自生地の保護や生態調査を行っている。また、岡山県には瀬戸内市の牛窓町、邑久両町にまたがる錦海塩田跡地にアッケシソウが自生している。しかし、この跡地に存在するアッケシソウは植物愛好家が香川県の塩田跡地より持ち帰ったアッケシソウの種子を蒔いたと文献に残っている事から、保護に成功した珍しいケースの場所と言える。愛媛県新居浜市が自生の南限と言われている。
環境省のレッドデータブックでは近い将来に絶滅の危険が高い種 (EN) に指定され、さらに近年では地盤沈下や湖岸の侵食により、年々減少しているとの報告がある。最初に自生が確認された厚岸湖では最奥部に僅かに見られるだけになっている。
能取湖南岸の網走市卯原内地区では塩湿地をトラクターを用いて耕起し、他の塩生植物を抑制させる事によって国内最大級のアッケシソウ群落を維持し、毎年秋には20万人が訪れる観光名所になっていた。しかし、環境改善を目的にした杜撰な土砂の搬入がかえって悪影響を与え2011年には大幅に縮小[3]。2012年から網走市や東京農業大学などで再生協議会を組織して土壌改良等が行われ、2015年8月秋までに8割程度まで回復させた。
アッケシソウは葉と茎が食用となり、イギリスをはじめとするヨーロッパで野菜として利用される。塩味があり、そのままゆでて食べるのが一般的であり[4]、近年では日本でも流通することがある。海外ではサムファイアーSamphire(英)、パスピエールPasse Pierre(仏)、ゼークラルZeekraal(蘭)などと呼ばれるが、アスパラガスと形がやや似ていて利用法が同じため、シーアスパラガスの名もある。シービーンズ(Sea beans)やシーピクルス(Sea pickles)と呼ばれる事もある。