タナゴ(鰱{嗹の口を魚に変えた漢字}・鱮{ 魚へんに與}) Acheilognathus melanogaster は、コイ目・コイ科・タナゴ亜科・タナゴ属に分類される淡水魚の一種。
「タナゴ」の呼称は本種の標準和名であるとともにタナゴ亜科魚類の総称としても用いられるので、厳密に本種だけを指すかタナゴ亜科全般を指すか、用法に注意する必要がある。各種フィールド調査においても、タナゴ亜科のどの種なのかを明確に個体識別せずに「タナゴ」とし、後刻混乱するケースが間々見受けられる。専門の研究者は「モリオカエ」(moriokae:本種のシノニム)と呼称して混同を防いでいる。
関東地方の釣り人の間では、ヤリタナゴやアカヒレタビラとの混称でマタナゴという別名が用いられることもある。また、海水魚 Ditrema temmincki の和名は「ウミタナゴ」で、本種と姿形が似ることからその名が付けられたが、分類上はスズキ目ベラ亜目ウミタナゴ科に属するまったく別の魚である。
日本固有種で、本州の関東地方以北の太平洋側だけに分布する。分布南限は神奈川県鶴見川水系、北限は青森県鷹架沼とされ、生息地はこの間に散在する。各地で個体数が激減しており、絶滅が危惧される状況となっている(後述)。
体長6-10cm。タナゴ類としては前後に細長く、日本産タナゴ類18種のうちで最も体高が低いとされる。体色は銀色で、肩部には不鮮明な青緑色の斑紋、体側面に緑色の縦帯、背鰭に2対の白い斑紋が入る。口角に1対の口髭がある。
繁殖期になるとオスは鰓ぶたから胸鰭にかけて薄いピンク色、腹面は黒くなり、尻鰭の縁に白い斑点が現れる。種小名 melanogaster は「黒い腹」の意で、オスの婚姻色に由来する。メスには明らかな婚姻色は発現せず、基部が褐色で先端は灰色の産卵管が現れる。
湖、池沼、川の下流域などの、水流がないか緩やかで、水草が繁茂する所に生息する。食性は雑食で、小型の水生昆虫や甲殻類、藻類等を食べる。
繁殖形態は卵生で、繁殖期は3-6月。産卵床となる二枚貝には大型の貝種を選択する傾向がみられ、カラスガイやドブガイに卵を産みつける。卵は水温15℃前後では50時間ほどで孵化し、仔魚は母貝内で卵黄を吸収して成長する。母貝から稚魚が浮出するまでには1ヶ月ほどかかる。しかしそのような貝もまた減少傾向にあることから個体数の減少に拍車をかけている。
絶滅危惧IB類 (EN)(環境省レッドリスト)
河川改修や圃場整備といった開発にともない、産卵床となる二枚貝類とともに多くの生息地が破壊された。また、ブラックバス・ブルーギルによる食害やタイリクバラタナゴとの競合といった外来魚の圧迫を受けており、各地で生息数が激減している。観賞魚として商業流通するため、業者による乱獲も脅威である。
関東地方の生息地は近年特に減少している。分布南限の神奈川県ではすでに絶滅し、東京都でも同様とみられ、現在のまとまった生息地は霞ヶ浦水系と栃木県内の一部水域のみである。霞ヶ浦では環境改変や外来魚の食害で減少が続いており、生息密度がかなり希薄になっている。2000年以降はオオタナゴ増殖にともなう本種への圧迫も指摘される。
ブラックバスの食害が問題となっている伊豆沼(宮城県栗原市・北上川水系)では、かつてバラタナゴやゼニタナゴとともに本種が多数生息しタナゴ類の優占種であったが、2000年代になってからはほとんど確認できない状況が続いている。岩手県内でも大規模な圃場整備事業によって本種の基幹生息地が破壊されている。青森県東部の湖沼群でもブラックバスの侵入が顕著であり、予断を許さない状況である。
2007年版の環境省レッドデータブックはこれらの状況を反映し、従来の準絶滅危惧から2段階ランクを上げ、近い将来に野生絶滅の危険性が高い絶滅危惧IB類となった。各都道府県版レッドリストへの記載状況は下表のとおり。
唐揚げや雀焼き、佃煮などで食用とされる。肝吸虫などの寄生虫を保持する可能性があり、生食には危険をともなう。
釣りの対象魚となるほか、観賞魚として飼育されることもある。比較的温和な性質で他種との混泳も可能だが過密飼育には弱い。飼育下での繁殖法としては、二枚貝を同居させ自然に産卵させる方法と、繁殖期の雌雄から卵と精子を搾り出し人工受精させる方法があるが、どちらも管理が難しい。